大判例

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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)1923号 判決

原告

亡山田真也訴訟承継人

山田美代子

山田学

右法定代理人親権者母

山田美代子

原告ら訴訟代理人弁護士

笹野哲郎

関通孝

松下宜且

被告

杉浦彦八

右訴訟代理人弁護士

奥村孝

中原和之

右奥村孝復代理人弁護士

石丸鐡太郎

堀岩夫

主文

一  被告は、原告らに対し、各金四四四万一八一円あておよびこれらに対する平成元年五月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の各請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その六を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  原告ら

1  被告は、原告らに対し、各金二九六九万九五〇一円あて及びこれらに対する平成元年五月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言(1項につき)

二  被告

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  主張

一  原告ら

1  請求原因

(一)当事者

(1) 亡山田真也(以下「真也」という。)は、昭和一一年一〇月二九日生の男子で、平成三年一二月二日死亡し、その相続人は、妻である原告山田美代子(昭和一六年一二月生)と長男である原告山田学(昭和四八年一二月一一日生)である。

(2) 被告は、昭和三一年頃から、神戸市兵庫区小松通二丁目一番一号において、杉浦医院を開設している医師である。

(二) 診療契約

真也は、昭和六二年一月二七日、杉浦医院において、上腹部痛を訴えて受診した患者であり、同日、血液検査を受け、その検査結果に基づき、同月二九日、被告から、肝炎ないし慢性肝炎の診断を受け、少なくとも、この時点で被告との間に、真也の右疾病について、当時の医療水準に従い、善良なる管理者の注意義務をもって、最善の診療行為を行なうことを目的とする診療契約(以下「本件診療契約」という。)を締結した。

(三) 本件医療事故の発生

(1) 真也は、昭和六一年一二月二四日、杉浦医院で受診し、被告は、糖尿病の罹患を疑った。

(2) 真也は、昭和六二年一月二七日から同年三月二〇日まで七回、同六三年一月一六日から同年三月四日まで六回、同年七月一四日から同年一〇月二七日まで一二回、平成元年三月一七日から同年五月一五日まで四回、別紙通院表記載のとおり同医院に通院し、その症状、検査結果は、以下のとおりであった。

① 昭和六二年一月二七日、上腹部痛を訴え、同医院で受診して血液採取を受け、同月二九日報告の結果では、GOT一一二単位、GPT五七単位で、GOT対GPT比は1.965であった。

② 同年二月一八日、同医院で受診して血液採取を受け、同月二〇日報告の結果では、GOT五五単位、GPT三七単位で、同比1.486であった。

③ 昭和六三年一月一六日同医院で受診して血液採取を受け、同月一八日報告の結果では、GOT一五四単位、GPT八二単位で、同比1.878であり、総ビリルビンは、4.7単位であった。

そして、右診療の際、真也には、右上腹部抵抗が認められた。右上腹部には肝臓が存在し、肝硬変では肝臓全体にびっしりと結節が生じ、肝臓は硬くごつごつした感じとなる。そして、肝硬変になると、全身倦怠感、腹痛、黄疸の症状がよく現れるところ、真也は、全身の倦怠感と腹痛を訴え、黄疸症状も前記総ビリルビンの値からみて、この時点で現れていた。

④ 昭和六三年七月一四日、同医院で受診して、一日三、四回の軟便を訴え、クロロマイセチンの投与を受けた。

⑤ 同年八月二三日、同医院で受診して、脚部痙攣を訴え、血液採取を受け、同月二四日報告の結果では、GOT一二九単位、GPT四四単位で、同比2.932であった。

被告は、右痙攣がカルシウム不足によるものと考え、カルシウム注射をした。

⑥ 平成元年三月一七日、被告の診察を受け、上腹部湿疹を訴え、血液採取を受け、同月一八日報告の結果ではGOT一一八単位、GPT三九単位で、同比3.026であった。

⑦ 同年五月一五日、同医院で下痢を訴えたところ、被告から広域感染性抗生物質であるクロロマイセチンの投与を受けた。

(3) 真也は、同月二三日午前九時頃、激しく吐血し、直ちに救急車で兵庫区内にある医療法人川崎病院に搬入され、肝硬変・食道静脈瘤破裂の病名で入院した。

(4) そして、真也は、平成三年一二月二日、川崎病院において、右(3)の疾病が原因で死亡した。

(四) 被告の責任

(1) 本件事故は、被告の後記不完全履行又は注意義務違反の行為によって発生したものであるから、被告は、原告らに対し、主位的に本件診療契約の債務不履行により、予備的に不法行為により、原告らが被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(2) 真也は、前記(三)(2)①のとおり、昭和六二年一月二七日、杉浦医院において受診した際、被告に対し、上腹部痛を訴えており、真也は、被告との本件診療契約締結当時、慢性肝炎に罹患していたものである。

(3) そして、被告は、医師として、慢性肝炎の患者に対し、その病状及び検査結果を的確に判断し、十分に経過観察を行ない、肝硬変への移行の危険性を警告し、絶対禁酒の告知と適切な食事療法の指導を行ない、さらに肝硬変への移行の危険性を察知したときは、早期に転入院させて精密検査を受けさせるべき注意義務があるのに、次のとおり、これらの注意義務を怠ったため、真也を肝硬変に至らしめた不完全履行ないし右注意義務に違反した過失がある。

① (血液検査結果の誤解)

肝硬変は、慢性肝炎と比べ、GOT対GPT比が1.0以上となる例が多いのが特徴で、両者の有力な鑑別点となるところ、真也は、前記(三)(2)③⑤⑥のとおり、昭和六三年一月一六日採取の血液検査の結果によれば、同比が1.878に、同年八月二三日採取の血液検査の結果によれば、同比が2.932に、平成元年三月一七日採取の血液検査の結果によれば、同比が3.026に達していた。

したがって、被告としては、右検査結果の数値を的確に判断し十分な経過観察をしていれば、食事療法等の適切な指導をするとともに肝硬変に移行する危険性を察知でき、ひいては肝臓障害の悪化を防止でき、精密検査のための転入院を指導できたにもかかわらず、肝硬変ではGPT値がGOT値より高くなるとの誤った認識を有していたために、これを怠り、漫然と慢性肝炎としての治療をし続けた不完全な履行ないし注意義務に違反した過失がある。

② (身体的所見等の見逃し)

前記(三)(2)①の診察(昭和六二年一月二七日、二九日受診)および検査結果(二七日血液採取、二九日報告)によれば、真也は上腹部痛を訴え、GOT対GPT比が1.965であったのであるから、これらは肝硬変に移行する危険性を示しており、この程度の肝機能障害の場合には、点滴静注が必要で、上質な蛋白質を多量に摂取し、野菜や果物を食べるなどの食事療法の指導をし、睡眠を十分にとるように勧め、さらには、肝硬変に移行する危険性を告知し、酒類を絶対に飲まないように指導し、早期に転入院させて精密検査を受けさせ、肝臓障害が悪化しないようにすべき義務があるにもかかわらず、被告は、これらを怠り、漫然と慢性肝炎としての治療をし続け、真也を肝硬変に移行せしめた不完全な履行ないし注意義務に違反した過失がある。

③ (無診察治療)

また、被告は、医師として無診察で治療を行ってはならない法律上の義務がある(医師法二〇条)。

したがって、被告が基本的な日常の診察を怠ることなく真也の訴えに真摯に耳を傾けて日頃適切な診察をしていれば、肝硬変に移行する危険性を含めた適切な警告、適切な食事療法の指導をし、真也が肝硬変に至るのを防止できたにもかかわらずこれらを怠り、被告が前記(三)(2)のないしの各通院期間を通じて真也を診察したのは最初の一、二回の診察と各血液検査を実施しただけであり、あとは医院の受付において真也本人もしくは家族に手交するとの方法で、投薬のみ行い、漫然と慢性肝炎としての治療をし続け、真也を肝硬変に移行せしめた不完全な履行ないし注意義務に違反した過失がある。

(4) また、被告は、医師として肝硬変に移行したと察知したときには、十分な食事療法、運動制限等の指導をし、絶対禁酒の指導をし、早期に転入院させて精密検査を受けさせ、効果的な治療をなさしめ、肝硬変による死亡に至らしめないように指導する義務があるにもかかわらず、次のとおりこれを怠り、真也を肝硬変による食道静脈瘤破裂によって死亡するに至らしめた不完全な履行ないし注意義務に違反した過失がある。

(a) 前記(三)(2)③の診察(同六三年一月一六日、一九日受診)および検査結果(一六日血液採取、一八日報告)によれば、真也には右上腹部抵抗が認められ、また、同人は全身の倦怠感、腹痛を訴えたほか、GOT対GPT比が1.878、総ビリルビンが4.7単位であった(3.0単位を越えると黄疸が明らかである。)。

右上腹部には肝臓が存在し、肝硬変では肝臓全体にびっしりと結節が生じ、肝臓は硬くごつごつした感じとなること、また肝硬変になると全身倦怠感、腹痛、黄疸症状がよく現れる。

(b) 同④の診察(同年七月一四日受診)の結果によれば、真也は一日三、四回の軟便を訴え、同⑤の診察(同年八月二三日受診)および検査結果(二三日血液採取、二四日報告)によれば、真也は脚部痙攣を訴え(脚部痙攣は肝機能障害に起因する)、GOT対GPT比が2.932であった。

(c) 同⑥の診察(平成元年三月一七日受診)および検査結果(一七日血液採取、一八日報告)によれば、真也は右上腹部湿疹を訴え、GOT対GPT比が3.026であり、同⑦(同年五月一五日)によれば、真也は下痢を訴えた。

(d) 右(a)ないし(c)の真也の症状の進展および検査結果の悪化は、いずれも肝硬変の徴候を示していたのであるから、医師である被告としては、これら身体的所見と各血液検査の結果を的確に判断していれば、昭和六三年一月一六日ころには真也が肝硬変に移行したことを察知でき、十分な食事療法、運動制限等の指導をし、絶対禁酒の指導をし、早期に転入院させて精密検査を受けさせた上、効果的な治療をなさしめ、肝硬変による死亡に至らしめないように指導する義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と慢性肝炎としての治療をし続け、真也を肝硬変による食道静脈瘤破裂によって死亡するに至らしめた不完全な履行ないし注意義務に違反した過失がある。

(五) 原告らの損害

(1) 真也の治療費

一六九万一五六〇円

イ 入院診療費一二八万一一〇〇円

平成元年五月二三日から同年九月一五日まで(入院期間一一六日)の分として川崎病院に支払ったもの

ロ 通院診療費 四万八五二〇円

同年九月一六日から同年一〇月三一日まで(通院期間四五日、実日数七日)の分として同病院に支払ったもの

ハ 入院診療費 三六万一九四〇円

平成三年二月五日から同年三月三一日まで、同年九月一八日から同年一二月二日まで(入院期間一三一日)の分として同病院に支払ったもの

(2) 真也の入院雑費

三二万一一〇〇円

一日一三〇〇円の二四七日分

(3) 付添看護料 一三万九五〇〇円

平成元年五月二三日から同年六月一六日までの二五日間と平成三年の六日間の合計三一日間、真也の妻原告美代子が付添看護した一日当り四五〇〇円の割合による近親者付添看護料

(4) 真也の入通院慰謝料三八〇万円

イ 入院慰謝料 二三〇万円

二四七日分

ロ 通院慰謝料 一五〇万円

平成元年九月一六日から平成三年二月六日まで、同年四月一日から同年九月一七日までの約二二ケ月中、実日数六〇日分

(5) 死亡慰謝料

イ 債務不履行構成 一八〇〇万円

ロ 不法行為構成

(イ) 真也分 八〇〇万円

(ロ) 原告ら分 各五〇〇万円

(6) 逸失利益二九八〇万八七四二円

真也の昭和六三年の給与所得二六四万円を基準として、川崎病院に入院した平成元年五月二三日から平成三年九月一八日までの約二年間(新ホフマン係数1.861)について、労働能力喪失率を七九パーセントとした逸失利益三八八万一三〇二円と右平成三年九月当時の真也の年令五四才の就労可能年数一三年(新ホフマン係数9.821)の逸失利益二五九二万七四四〇円の合計

(7) 葬式関係費用

一二三万八一〇〇円

イ 葬儀費用 一一八万一一〇〇円

株式会社ベルコに支払った掛金積立分二〇万円と支払分九八万一一〇〇円の合計

ロ 浜中町自治会館使用料

一万五〇〇〇円

ハ タクシー貸切料四万二〇〇〇円

(8) 弁護士費用 四四〇万円

原告らは、本件訴訟及び証拠保全手続を原告ら訴訟代理人らに委任し、神戸弁護士会所定の報酬基準に基づき相当額の着手金、報酬金の支払を約したが、このうち原告らが被告に対し本件と相当因果関係のある損害として請求できるのは、請求金額の八パーセントに相当する四四〇万円となる。

(9) 真也は、平成三年一二月二日死亡し、原告らは、各二分の一の割合で真也の損害賠償請求権を相続した。

(六) 結論

よって、原告らは、被告に対し、各金二九六九万九五〇一円あておよびこれに対する債務不履行または不法行為ののちで、真也が川崎病院に入院した日の翌日である平成元年五月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)(真也に対する診察、治療)について

(1) 抗弁(一)の(1)の事実のうち、尿検査がなされたことは認め、結果内容は知らない。数日後の来院を指示されたことは否認する。

(2) 同(2)の事実のうち、尿、血液検査がなされたことは認め、結果内容は知らない。血液肝臓機能検査の結果が異常を示していたことは認める。

(3) 同(3)、(4)の各事実は否認する。

(4) 同(5)ないし(10)の各事実のうち、血液肝臓機能検査がなされたこと、真也が通院したことは認め、その余は否認する。

(5) 同(11)の事実のうち、真也が一日二、三回の下痢と腹痛を訴えたことは認め、その余は否認ないし知らない。

(6) 同(12)、(13)の各事実のうち、真也が下腿が痙攣しこむら返りのようになると訴えたこと、血液肝臓機能検査がなされたことは認め、その余は否認する。

(7) 同(14)のないし(16)の各事実のうち、腹部に湿疹があり、血液生化学検査がなされたことは認め、その余は否認する。

(二) 抗弁(二)(帰責事由の不存在ないし無過失)について

(1) 抗弁(二)の(1)の事実のうち、肝臓障害に対する投薬を実施していたことは認め、その余は否認する。

真也が通院を継続しなかったのは、病状を軽い慢性肝炎と軽信した被告が、真也に対し、危機感を持たせるような適切な指導をせず、肝硬変への移行についてもその警告を怠ったからである。

(2) 同(2)の事実のうち、真也を慢性肝炎と診断したこと、慢性肝炎と肝硬変が持続的病変であることは認め、その余は否認ないし知らない。法的主張は争う。

(3) 同(3)の事実は否認し、その法的主張は争う。

(三) 抗弁(三)の各事実(因果関係の不存在)は否認し、その法的主張は争う。

真也は平成元年五月二三日、川崎病院に食道静脈瘤破裂によって入院しており、これは真也がすでに非代償性の肝硬変に移行していたことを示すものである。したがって、結果的には代償性肝硬変を前提とした治療では足りなかったものである。

また、肝炎と肝硬変とでは、治療方法は同じではなく、医師としての経過観察の注意の程度にも当然差がでるものである。すなわち、肝硬変であれば、臨床医としては、エコー検査、腹部CT検査、肝シンチスキャニング検査のできる病院に転送すべきであり、また、禁酒の警告、食事療法の指示の程度についても当然強い指示を出すべきものである。

(四) 抗弁(四)の各事実(信義則違反ないし過失相殺)は否認し、その法的主張は争う。

真也が酒を飲みつづけたのは、病状を軽い慢性肝炎と軽信した被告が、真也に対し、絶対的な禁酒を告げるなど、危機感を持たせるような適切な指導をせず、肝硬変への移行についてもその警告を怠ったからである。それゆえ真也としても、ちょっと肝臓が悪いのだろうとの程度しか考えず酒を飲んだのである。

二  被告

1  請求原因に対する認否

(一) 当事者について

請求原因(一)(2)の事実は認めるが、(1)の事実は知らない。

(二) 診療契約について

請求原因(二)の事実のうち、被告が原告ら主張の日時場所で腹痛を訴え来院した真也を診察し、血液の肝臓機能検査を実施したことは認めるが、その余の事実は否認する。

真也の通院状況は、別紙通院表のとおりであり、任意中止となった時に、真也と被告との診療契約は終了しているのであるから、最終の診療契約は、平成元年三月一七日に締結されたものというべきである。

(三) 本件医療事故の発生について

(1) 請求原因(三)(1)の事実は認める。

(2) 請求原因(三)(2)の事実のうち柱書の事実及び①ないし⑦の各事実のうち、被告が原告ら主張日時場所で真也を診察し、血液検査をしたことは認めるが、その余は否認する。

(3) 請求原因(三)(3)の事実のうち、真也が原告ら主張日時にその主張の病名で川崎病院に入院したことは認めるが、その余は否認する。

(4) 同(三)(4)の事実は否認する。

(四) 被告の責任について

(1) 請求原因(四)(1)の主張は争う。

(2) 同(四)(2)の事実は認める。

(3) 同(四)の(3)、(4)の各事実は否認し、その主張は争う。

(4)イ 医師法二〇条は、自ら診察しないで治療することを禁止している。

しかし、被告は、治療の節目には真也を診察しているから、いわゆる無診察治療は行っていない。

ロ 仮に被告の行為が無診察治療であったとしても、これは公法上の義務違反にすぎず、診療契約を結んだ患者に対し、同法により直接損害賠償義務を負うものではない。

(五) 原告らの損害について

請求原因(五)の各事実は否認する。

2  抗弁

(一) (被告の真也に対する診察、治療について)

被告の真也に対する診察、治療内容は、以下のとおりである。

(1) 昭和六一年一二月二四日(別紙通院表①)、真也がのどの渇きを訴え来院したので、被告は、糖尿病を疑い、尿の検査(尿蛋白の定性検査、ウロビリノーゲン反応検査、ニーランデル反応検査)を行ったところ、ニーランデル反応のみ異常が出たが、肝臓の障害があることが疑われるウロビリノーゲン反応は正常であった。尿の沈査結果は、さして異常はなかった。

被告は、真也に数日後の来院を指示したが、真也は来なかった。

(2) 昭和六二年一月二七日(別紙通院表②)、真也は、腹痛を訴えて来院した。被告は、尿の検査(尿蛋白の定性検査、ニーランデル反応検査)、血沈検査、血糖検査、血液の肝機能検査を行なった。尿蛋白は出ておらず、血沈は正常で、ニーランデル反応は異常であって、糖尿病の疑いがあった。

血糖は正常値よりやや高い程度で治療を要する程ではなかったが、血液の肝臓機能検査の結果は、治療を要する程の異常を示していた。

(3) 被告は、昭和六二年一月二九日(別紙通院表③)、真也を診察し、肝臓が治療を要する程悪いと説明し、酒を飲まず、高質な蛋白質を多量にとり、睡眠を十分にとり、野菜や果物を食べるよう生活指導をし、隔日毎の点滴静注を勧めた。

しかし、真也が点滴静注を断ったので、肝臓病のための通常の注射をし、投薬をした。

(4) 昭和六二年二月六日(別紙通院表④)、真也が来院せず、妻が来院して投薬を求めたので、従来の肝臓病用の薬を交付し、真也の来院を指示した。

(5) 真也は、昭和六二年二月一八日(別紙通院表⑤)来院し、血液の肝機能検査を求めたので、その検査をしたところ、前回の検査より極く僅か良くなっている程度であった。

そして、同年二月二六日(別紙通院表⑥)、被告は、真也に、酒を止め、睡眠を十分にとり、蛋白質をとるように指導し、隔日毎の点滴静注の効用を納得させ、当日、肝臓病用の点滴静注を行なった。

(6) 真也は、一日置きの通院をせず、約一〇日後の昭和六二年三月五日(別紙通院表⑦)に来院したので、被告は、慢性疾患はもっと頻繁に治療しなければ治らないと注意し、同様の点滴静注を行なった。

(7) 真也は、一日置きに通院せず、一五日後の昭和六二年三月二〇日(別紙通院表⑧)、真也は来院せず真也の妻が薬を求めて来院したので、被告は同女に対し真也が来院するように注意をしたところ、真也は、その後来院しなくなった。

(8) 真也は、通院を止めてから約一年後の昭和六三年一月一六日(別紙通院表⑨)、腹通と下痢を訴えて来院した。

被告は、真也の上腹部に軽い抵抗を認めたので、多量の飲酒による腸カタルと診断し、それに対する投薬と注射を行い、念のため血液検査のために血液を採取した。なお、黄疸は、特に認められなかった。

(9) 昭和六三年一月一九日(別紙通院表⑩)、被告は、真也に血液検査の結果を説明して点滴静注を勧めたが、断られたので、通常の注射をして投薬をした。

(10) 被告が点滴静注を強く勧めたが、真也は、その後来院しなくなり、真也の妻が約一〇日毎に薬をとりに来ていたので(別紙通院表⑪ないし⑭)、その都度真也を来院させるよう指示していた。

(11) 昭和六三年七月一四日(別紙通院表⑮)、真也は約四ケ月ぶりに来院し、一日二、二回の下痢と腹通を訴えたので、被告は、腸炎と診断し、それに対する投薬をしたが、その後、真也は来院せず、妻が薬を取りに来ていた(別紙通院表⑯ないし⑱)。

(12) 昭和六三年八月二三日(別紙通院表⑲)、真也が来院し、下腿が痙攣し、こむら返りのようになると訴えてきた。

それに対し、被告は、下腿のこむら返りとか下肢の痙攣は、肝臓機能が悪い場合に起こるし、夏に多量の水分が体外に出て血液の電解質のバランスが崩れたときに起こることから、血液肝臓機能検査と血液の電解質検査を行なった。黄疸は特に認められなかった。

(13) 被告は、検査結果が悪かったので、真也に頻繁な通院を勧めた。真也は、昭和六三年八月二五日、同年八月三〇日、同年九月一〇日、同月二七日、同年一〇月二七日と次第に通院間隔が延びていったものの(別紙通院表⑳ないし)、被告は、真也が受診する都度酒をやめるように指示していた。

(14) 平成元年三月一七日(別紙通院表)、真也は、約五ケ月ぶりに来院し、腹部の痒みを訴え、肝臓の検査を求め、被告は診察の結果、腹部に湿疹が出ていたので痒み止めの投薬をし、黄疸は、出ていなかったものの、従前より肝炎で通院していたので、改めて血液生化学検査をし、禁酒を指示し、肝機能庇護剤を注射し、同月一九日の来院を指示した。

(15) ところが、同月一九日に真也は来院せず、同月二二日に妻が来院したので(別紙通院表)、被告は、検査所見が悪いから真也が来るように、とにかくお酒を止めるように勧めた。

(16) 平成元年五月一五日(別紙通院表)、真也が来院したが、真也は、待合室に七、八名の先着の患者が待っているのをみて、診察を待たずに薬だけ受け取って帰った。

(二) (帰責事由の不存在ないし無過失)

(1) 被告は、右(一)のとおり、真也を毎回ではないが診察しており、また真也が通院するかぎり、あるいは治療を求めてくるかぎり肝臓障害に対する投薬、注射を実施し、療養の指導をしていたのである。投薬のみの場合もあったが、それは真也が来院しないからやむを得ずしたもであり、来院しながら投薬のみとなったのは真也が受診を希望せず投薬のみを受け取って帰ったからである。

また、被告は、真也が受診を希望した場合には必ず診察を行い、診察を拒否したことはなく、無診察となったのは真也の希望によるものであった。

したがって、被告の無診察治療は違法なものではなく、被告には責めに帰すべき事由は存在しない。

(2) 被告が、真也を慢性肝炎と診断したことに誤りはなかったし、また真也を転入院させて精密検査を受けさせる義務はなかった。

慢性肝炎は、一時的な肝臓障害である肝炎から遷延性肝炎、更には肝硬変に移行する中間的段階であり、肝硬変症は持続的に病変する慢性肝障害(慢性肝炎)の終末像で、持続的に病変するため、肝炎と慢性肝炎と肝硬変とを一線を画して峻別することは不可能である。また、肝機能に不全をきたしている肝硬変を非代償性肝硬変、不全をきたしていない場合を代償性肝硬変と呼称し、前者の非代償性肝硬変の場合は、浮腫、腹水、黄疸、肝性脳症等の徴候が認められる。

そして、被告のような医師一人で診察治療にあたっている小規模な診療所においては、腹腔鏡による検査や肝生検のような高度な検査をすることができないので、非代償性の肝硬変のような肝機能不全の症状(浮腫、腹水、黄疸、肝性脳症等)がでない限り、慢性肝炎と診断しても決して誤りではないというべきところ、真也の身体状況は普通であり、肝臓は多少肥大し軽度の黄疸があったようであるが、クモ状血管腫も手掌紅斑も浮腫も静脈の怒張も腹水もなく、非代償性の肝硬変を裏付ける肝機能の不全の症状が明確には出ていなかったのであるから、被告が真也を慢性肝炎と診断しても決して誤りではなく、また被告としては、慢性肝炎あるいは代償性の肝硬変としての治療を継続したらよいのであるから、精密検査のために入院あるいは転院させる必要性も義務もなかった。

(3) 被告には、真也が肝硬変に移行する危険性を警告する義務はなかった。

慢性肝炎が肝硬変に移行する可能性があったとしても、それは必然的なものではなく、逆に肝臓障害患者が慢性肝炎のまま一生を終わる場合の方が圧倒的に多く、また、患者の予後については、種々の状況が予測されるが、医師は必ずしも予測される全ての予後を患者に説明し警告する必要はない。

そして、被告は、真也に対し、肝臓が治療を要するほど悪化していると説明し、継続的な来院を勧めているのであるから、被告の真也に対する病状説明が不足していたとはいえない。むしろ、慢性肝炎が肝硬変に移行するということは、患者に対する精神的ショックへの配慮からあまり明確に伝えないのが医療界の状況である。

(三) (因果関係の不存在)

また仮に、被告に過失ないしは責めに帰すべき事由が存したとしても、右過失行為ないしは不完全履行と真也の肝硬変による死亡との間には、相当因果関係は存しない。

(1) 慢性肝炎に対する治療も肝硬変に対する治療も、肝硬変が黄疸、腹水、浮腫が見られる非代償性のものでない限り、その治療方針、治療方法に差異があるものではない。

慢性肝炎および代償性の肝硬変については、障害が発生した肝臓を根本的に治癒する特効薬的薬剤は存在せず、その治療は、原則的には通常の社会生活を営ませ、程度に応じて安静を保たせ、高蛋白、高カロリーの食事を採らせ、アルコール等肝臓障害の進行を助長するものについてはそれを排除させ、特には薬物療法は必要ではなく、食欲低下、倦怠感を訴える場合は対症的に肝庇護剤、消化酵素、総合ビタミン剤を投与するものとされている。

そして、被告は、真也を慢性肝炎と診断し、前記(一)のとおり、禁酒を指示し、安静に気をつけ、高カロリー、高蛋白の食事をとるよう指導し、肝臓用剤を投与したのである。

また、仮に、真也が肝硬変に移行していたとしても、平成元年五月二三日に食道静脈瘤が破裂するまでは代償性の肝硬変であった。

したがって、被告において、真也が肝硬変に移行するのを見落とし慢性肝炎の治療をしたとしても治療方法に差異はないのであるから、肝硬変に対する治療時期を失したことも肝硬変を悪化させたこともないのである。

(2) また、多量に飲酒すれば、肝臓の機能が悪化し、肝臓機能がさらに悪化すれば肝硬変に至ることは広く知られた常識であり、アルコールが肝臓機能を悪化させることも常識である。真也が肝硬変になったのは、被告から禁酒を指示されたにもかかわらず、食道静脈瘤破裂をおこした平成元年五月二三日の前日まで、毎晩晩酌(二合ないし二合半)をし多量に飲酒し、定期的に通院もせず、薬剤の服用もしなかった不真面目な闘病態度によるものである。

(四) (信義則違反ないし過失相殺)

医療における診療、治療というのは、医師一人で履行できるものではなく、患者の全面的協力があってのみ可能なものであるが、前記(一)のとおり、医師の指示どおり通院せず、医師の指示する療法を拒否し、あるいは医師の指示する薬を継続的に服用せず、特段安静に気をつけたようでもなく、高カロリー、高蛋白の食事もとらず、数回の通院で通院を中止するような不真面目な患者である真也は、仮に医師側においてなんらかの医療過誤があったとしても、信義則上、損害賠償の請求をなしえないかあるいは相当額を減額すべきものである。

(五) 以上のとおり、被告には責任がなく、よって、原告らの請求には理由がない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一当事者について

記録中の山田真也の戸籍謄本と弁論の全趣旨によれば、請求原因(一)(1)の事実が認められ、同(一)(2)の事実は、当事者間に争いがない。

第二診療契約について

一被告が杉浦医院を開設して診療に従事する医師であることは前記第一認定のとおりであり、真也が昭和六二年一月二七日、腹痛を訴え、被告に対し、診療を求め、被告がこれを承諾して、杉浦医院において真也を診察したうえ、血液の肝臓機能検査を実施したことは、当事者間に争いがない。

二〈書証番号略〉と被告本人の供述(以下「被告供述」という。)によれば、被告は、同月二九日、右血液検査結果の報告を受け、真也にはアルコール常飲による肝臓障害があると考え、真也を普通程度の肝炎ないし慢性肝炎と診断した。そこで、被告は、同日、真也に対し、隔日に約一時間の点滴静注をすすめたが、真也は、点滴を拒否し、注射にしてほしいと希望した。そこで、被告は、同日、真也に対し、肝臓治療のため注射と投薬を行なったことが認められる。

三右一、二の各認定事実によれば、昭和六二年一月二九日には、真也と被告との間に、真也の肝臓障害(肝炎ないし慢性肝炎)について、被告が当時の医療水準に従い善良なる管理者の注意義務をもって、最善の診療行為を行うことを目的とする診療契約が成立したものと解するのが相当である。

四なお、被告は、真也が一定期間、通院しなくなったことをもって、真也と被告との診療契約が終了した旨主張するが、真也の肝臓障害が治療を要しない状態になったわけではなく、その後、再び肝臓障害の治療を求めて通院しているのであるから、真也が被告の診療を受けることを放棄したりするなど特別の事情が存しない本件においては、依然として従前の診療契約が継続しているものと解するのが相当である。

第三本件医療事故の発生について

一請求原因(三)(1)の事実は、当事者間に争いがない。

二1  請求原因(三)(2)の事実のうち、柱書の事実、及び①ないし⑦の各事実のうち、被告が原告ら主張日時場所において、真也を診察し、血液検査をしたことは、当事者間に争いがない。

2  そして、〈書証番号略〉によれば、①のその余の事実が、〈書証番号略〉によれば、②のその余の事実が、〈書証番号略〉によれば、③のその余の事実が、〈書証番号略〉によれば、④のその余の事実が、〈書証番号略〉によれば、⑤のその余の事実が、〈書証番号略〉、訴訟承継前原告本人(真也)の供述(以下「真也供述」という。)及び同供述により真正に成立したと認められる〈書証番号略〉によれば、⑥のその余の事実が、〈書証番号略〉、真也供述、弁論の全趣旨によれば、⑦のその余の事実がそれぞれ認められる。

三請求原因(三)(3)の事実のうち、真也が平成元年五月二三日、肝硬変・食道静脈瘤破裂の病名で川崎病院に入院したことは、当事者間に争いがなく、〈書証番号略〉、証人山田美代子の証言(以下「美代子証言」という。)及び真也供述によれば、その余の事実が認められる。

四〈書証番号略〉によれば、請求原因(三)(4)の事実が認められる。

第四被告の責任について

一(真也の肝臓障害の推移について)

1 前記第二の二認定のとおり、被告は、昭和六二年一月二九日、真也を肝炎ないし慢性肝炎と診断している。

2 ところで、後記二2(四)(1)認定のとおり、肝硬変では慢性肝炎と比べ、GOT対GPT比が1.0以上になる例が多いのが特徴で両者の有力な鑑別点となるところ、真也のGOT対GPT比は、昭和六二年一月二七日には1.965、同年二月一八日には1.486であったこと、後記二2(四)(2)認定のとおり、総コレステロールの低下は肝硬変移行の疑いを示すところ、〈書証番号略〉によれば、真也の総コレステロールは、昭和六二年一月二七日には一二二単位で正常値の最下限の一四〇単位を下回っていたこと、後記二2(四)(2)認定のとおり、肝硬変の場合には総ビリルビンが上昇するところ、〈書証番号略〉によれば、真也の総ビリルビンは、昭和六二年一月二七日には2.0単位で正常値の最上限を上回る値を示していたこと、加えて美代子証言と真也供述によれば、真也は昭和四八年三月頃から昭和六二年一月頃まで毎晩夕食時に三合ないし四合の日本酒を常飲していたこと等の事実を総合考慮すれば、真也は昭和六二年一月二九日当時には、かなり進んだ慢性肝炎であったと推認することができる。

3 他方、〈書証番号略〉と被告供述によれば、慢性肝炎が悪化すると肝硬変に移行し、肝硬変に移行すれば、食道静脈瘤の発生とその破裂による吐血が典型的症状として現れることが認められるところ、前記第三の三、四において認定したとおり、真也は、平成元年五月二三日、激しく吐血し、肝硬変・食道静脈瘤破裂の病名で川崎病院に入院し、平成三年一二月二日には、同病院で右疾病が原因で死亡したことからすれば、真也は、平成元年五月二三日には、肝硬変であったと認めるのが相当である。

4  そして、昭和六二年一月二九日から平成元年五月二三日までの間、真也が他の病院、医師等の診療を受けたことを認める証拠はない。

5  そうであれば、真也が昭和六二年一月二九日から平成元年五月二三日までの間に、慢性肝炎から肝硬変に移行したことは明らかである。

二(肝硬変に移行した時期について)

1  ところで、本件においては、真也が肝硬変に移行した時期について、これを直接認めるに足りる医師等専門家の診断書ないし鑑定書等の客観的資料は存しないが、真也の主治医であった被告の供述によれば、被告自身、平成三年九月一八日の時点において、各血液検査結果及び真也の身体所見等を振り返って診断し、昭和六三年一月一六日ころに肝硬変の入口に達していたとの所見を表明していることが認められる。

2  そこで、検討するに、〈書証番号略〉によれば、昭和六二年一月ないし平成元年五月当時において、標準的な臨床医師は、肝硬変の診断について、一般に以下のような専門的知見ないし知識を有していたことが認められる。

(一) 肝硬変とは肝臓全体が線維の壁によってかこまれた再生結節によっておきかわった状態をいう

(二) アルコールを常飲すると、アルコール性肝炎、肝硬変と移行する。そして、アルコールは、日本酒に換算して一日平均五合以上を約二〇年にわたって飲み続けると肝硬変になる危険性が極めて高い。

(三) (身体所見等)

肝硬変に移行すると、自覚症状として、全身倦怠感、食欲不良、体重減少、腹痛、かゆみが見られ、他覚症状としては、食道静脈瘤の発生(およびその破裂による吐血)、腹水の貯留、黄疸、手掌紅斑、くも状血管拡張、発熱、肝腫大(固い肝)がみられる。

(四) (血液検査)

(1) 肝硬変に移行すると、GOT、GPTが上昇し、GOT>GPTの傾向を示し、GOT対GPT比が1.0以上となるのが慢性肝炎との有力な鑑別点である。

(2) また、肝硬変に移行すると、A/G比の低下(血清アルブミンの低下、ガンマグロブリンの上昇)、コリンエステラーゼ活性値の低下、血清トランスアミナーゼの低下、総ビリルビンの上昇、ガンマGTPの上昇、コレステロールの低下、ZTT値の上昇等を示す。

3  そして、真也の昭和六二年一月二七日から同六三年一月一八日までの間のアルコール飲酒状況、各血液検査結果および身体所見等は、以下のとおりである。

(一) 美代子証言および真也供述によれば、真也は、昭和四八年三月の婚姻当初から同六二年一月ころまでの間、毎晩酌時に日本酒三合ないし四合を、同年一月ころから平成元年五月二三日の食道静脈瘤が破裂する前日までの間、毎晩酌時に日本酒約二合を飲酒していた。

(二) (身体所見)

前記第三の二2認定のとおり、真也の身体所見は、以下のとおりであった。

(1) 昭和六二年一月二七日、真也は、上腹部痛を訴えた。

(2) 昭和六三年一月一六日、被告が真也を診察したとき、真也には右上腹部抵抗が認められ、真也は、全身の倦怠感、腹痛を訴え、黄疸が認められた。

(三) (血液検査結果)

前記第三の二2認定のとおり、各血液検査結果の数値は、以下のとおりである。

(1) 昭和六二年一月二七日採取、同月二九日報告の血液検査結果

① GOTの正常最高値は四〇単位、GPTの正常最高値は三五単位であるところ、真也の数値はGOTが一一二単位であり、GPTが五七単位であり、いずれも正常値を超えており、GOT>GPTであり、GOT対GPT比は、1.965であった。

② 総ビリルビンの正常最高値は1.0単位であるところ、真也の数値は2.0単位であり、正常値を超えていた。

③ ガンマGTPの正常最高値は六〇単位であるところ、真也の数値は一一四単位であり、正常値を超えていた。

④ 総コレステロールの正常最低値は一四〇単位であるところ、真也の数値は一二二単位であり、正常値を下回っていた。

(2) 昭和六二年二月一八日採取、同月二〇日報告の血液検査の結果

① GOTの正常最高値は四〇単位、GPTの正常最高値は三五単位であるところ、真也の数値はGOTが五五単位であり、GPTが三七単位であり、いずれも正常値を超えており、GOT>GPTであり、GOT対GPT比は、1.486であった。

② 総コレステロールの正常最低値は一四〇単位であるところ、真也の数値は一三八単位であり、正常値を下回っていた

(3) 昭和六三年一月一六日採取、同月一八日報告の血液検査結果

① GOTの正常最高値は四〇単位、GPTの正常最高値は三五単位であるところ、真也の数値はGOTが一五四単位であり、GPTが八二単位であり、いずれも正當値を大幅に超えており、GOT>GPTであり、GOT対GPT比は、1.878であった。

② アルブミン(ALB)の正常最低値は3.5単位であるところ、真也の数値は3.3単位であり、正常値を下回っていた。

③ 総ビリルビンの正常最高値は1.0単位であるところ、真也の数値は4.7単位であり、正常値を大幅に超えていた。

④ ガンマGTPの正常最高値は五〇単位であるところ、真也の数値は二〇九単位であり、正常値を大幅に超えていた。

⑤ 総コレステロールの正常最高値は一〇三単位であるところ、真也の数値は九九単位であり、正常値を下回っていた。

4 右3認定の真也のアルコール飲酒歴、身体所見および各血液検査結果は、いずれも肝硬変を強く疑う症状ないし検査結果であり、前記二1認定の真也が昭和六三年一月一六日ころに肝硬変の入口に達していたとの被告の所見を併せて考慮すれば、真也は昭和六三年一月一六日ころ、肝硬変に移行したと推認するのが相当である。

三(被告の責任について)

1  被告供述によれば、被告は、昭和六二年一月ないし平成元年五月当時において、肝硬変の診断に関し、以下の知見ないし知識を有していたことが認められる。

(一) (血液検査結果)

(1) 肝硬変と診断する場合には、ZTT値の上昇、コレステロール値の恒常的な低下、コリンエステラーゼの低下、総ビリルビン値の上昇、A/G(アルブミン/グロブリン比の低下等を指標とする。

(2) 肝硬変と診断する場合には、GOTやGPTの値よりもZTT値の方が重要である。

(3) GOTやGPTは急性の肝臓疾患の指標にはなるが、慢性の肝臓疾患の場合にはあまり指標にはならない。しかし、肝硬変の場合にはGPT、GOT値が上昇し、必ずとはいえないとしても、GPTがGOTより上昇する。

(二) (身体所見)

肝硬変に移行すれば、肝臓の肥大、くも状血管腫、手掌紅斑、黄疸、腹水、浮腫、静脈怒張、出血傾向の他覚症状が見られる。

2 そこで、右1認定の被告が当時有していた知見ないし知識と前記二2認定の当時の医療水準上の知見ないし知識とを比較検討すると、被告の知見ないし知識は、標準的な臨床医が有するそれと以下の点で異なり、被告は、誤った知見ないし知識に基づき、真也に対する医療行為を行っていたものと認めることができる。

(一) 肝硬変と診断する指標としては、GOTやGPTの値よりもZTT値の方が重要である。

(二) GOTやGPTは、慢性の肝臓疾患の場合にはあまり指標にはならないが、肝硬変の場合には必ずとはいえないとしても、GPTがGOTより上昇する傾向にある。

3  (被告の責任について)

(一)(1) 医師は、患者から病状について訴えを受けた場合には、病状を診断するため、問診・視診・聴診・打診その他医師が一般的に疾病を診断するために通常行なっている手段方法をとるべきであるが、問診を行なうにあたっては、患者の教養の程度に鑑みて患者が提供する身体の状況に関する情報の正確性を吟味しなければならない。しかし、医療行為は、その性質上医師と患者の信頼関係、協同関係を基礎として行われるものであるから、患者としても誠実にできる限り正確な情報を提供すべきであり、患者が誤った情報を提供した結果、医師が診断を誤ったとしても、医学常識に照らし容易にそれが誤った情報であることが判明する場合は別として、医師の注意義務が軽減されると解するのが相当である。

しかし、問診は、何ら患者に肉体的負担を与えるものではないから、医師には必要かつ十分な情報を得るに必要な問診をすべき注意義務があるといわなければならない。

(2) そして、右問診のみで診断が可能となる場合は別として、適切な診断を行なうためには、さらに検査を行なう必要がある。

しかし、検査は、患者の肉体に何らかの負担を与えるものであるから、医師には、問診結果を斟酌して患者の負担を最小にとどめ、かつ最良の結果をもたらすために通常用いられる検査方法を選択、実施すべき注意義務があるといわなければならない。

(3) 次に、医師は、右問診と検査の結果を斟酌し、患者を診察したうえ、医学、医療の水準に照らし、患者の身体的情況を的確に診断すべき注意義務を負う。

(4) さらに、医師は、右確定診断に基づき医学、医療の水準に照らし、治療のため適切妥当な療法を選択、実施しなければならず、その実施により患者の肉体的侵襲を伴う場合には、患者に対し、その承諾を得る前提として、病状、治療方法の内容及び必要性、発生の予想される危険等について、当時の医療水準に照らし、相当と思われる事項を説明し、当該患者がその必要性や危険性を十分比較考慮して右医療行為を受けるか否かを選択決定することを可能ならしめるべき注意義務を負う。

(5) また、医師は、診療をしたときは、治療効果を維持向上させることを目的として、実施した診療に関する報告をし、患者に適切な療養態度をとるよう指導すべき注意義務がある(医師法二三条)。

(6) さらに、医師は、その医学、医療上の知識経験に差異があり、かつ医療の分化に従って専門外の分野については診療に不安を持つこともあり、その物的設備が大病院に比して劣ることもあるので、通常の問診、検査を行ない、自己の知識経験に基づく診察によっては容易に確定的診断に達することができず、従って適切な治療効果をあげることができない場合が考えられる。

このような場合には、医師としては、特に緊急の治療を必要とせず、かつ近くの適当な医師、病院に移らせて治療を継続させることが可能である限り、患者に対し、診療の経過と転医、転院の必要性を説明して、遅滞なく転医、転院を勧告、説得すべき注意義務があるといわなければならない。

(二)(1) 〈書証番号略〉によれば、昭和六二年一月ないし昭和六三年一月当時において、標準的な臨床医師は、アルコール性慢性肝炎の治療方法に関し、一般に次のような専門的知見・知識を有していたことが認められる。

① 慢性のアルコール摂取と栄養不良の両者がアルコール性肝炎(ないしアルコール性肝硬変)をもたらす。

② アルコール性肝炎は、重篤な疾病であり、長期の医学的な監督および管理が必要であり、多くの場合、初回の検査、治療に対する効果の検定、食事および医学的な指導のために入院させることが望ましい。

③ 慢性肝炎の治療薬剤には、一般的に肝庇護剤(各種ビタミンを含む。)が用いられる。

④ 非活動性慢性肝炎の場合には、特別の治療を要しないが、活動性慢性肝炎の場合には、高蛋白食を中心とした高カロリー食と症状に応じた安静療法が基本的となる。

また、肝機能、組織像を参照しながら、副腎皮質ホルモン等の免疫抑制剤が使用されることもある。

⑤ 栄養豊富な食事およびビタミン剤の投与を行なっても、さらにアルコールを摂取すれば、肝障害を防止できないので、患者に対し、そのことを理解させ、飲酒を絶対に禁止すべきである。

(2) 被告供述と弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和六二年一月ないし昭和六三年一月当時において、アルコール性慢性肝炎の治療方法に関し、次の知見ないし知識を有していたことが認められる。

① 絶対的に禁酒をさせる。

② 高蛋白質の食事療法を指導する。

③ 十分な睡眠をとるよう指導する。

④ 少しでも飲酒するときには、必ず蛋白質を一緒に摂取するよう指導すべきである。

⑤ 薬物療法は特に必要ではなく、食欲低下、倦怠感を訴える場合は対症的に肝庇護剤、消化酵素、総合ビタミン剤を投与する。

(3) 前記一2、二4の各認定事実によれば、真也は、昭和六二年一月二九日当時かなり進んだ慢性肝炎であり、それが次第に悪化して昭和六三年一月一六日ころ、肝硬変に移行したものと認められる。

〈書証番号略〉と被告供述および弁論の全趣旨によれば、被告主張抗弁(一)の(1)、(2)の各事実、(3)のうち被告が昭和六二年一月二九日、真也を診察し、隔日毎の点滴静注を勧めたが、真也がこれを断ったので肝臓病のための通常の注射をし投薬をしたこと、(4)の事実、(5)のうち昭和六二年二月一八日、真也が来院し血液の肝機能検査を求め、その検査結果が前回よりも極く僅か良くなっていたこと、被告が昭和六二年二月二六日真也に肝臓病用の点滴静注を行なったこと、(6)のうち被告が同年三月五日、真也に同様の点滴静注を行なったこと、その他被告が真也に対し、同年一月二七日胃腸薬、同年二月一八日肝臓庇護剤、同月二六日同剤、同年三月五日同剤、同月二〇日同剤をそれぞれ投与したことが認められる。

(4) 前記(二)(1)の医療水準に照らすと、被告が行なった右治療方法は適切なものであったということができる。

(5) しかし、前記(二)(1)の医療水準に照らすと、栄養豊富な食事とビタミン剤の摂取をしても、アルコールを摂取すれば、前者の効用を滅却し、肝障害の防止に役立たなくなるので、医師としては、慢性肝炎患者に対し、栄養豊富な食事の摂取を指導するとともに、飲酒の絶対禁止を説明告知すべき注意義務があり、これをしなかった場合には、不完全履行ないし注意義務違反の過失があるといわなければならない。

この点に関し、被告は、真也に対し、昭和六二年一月二九日、肝臓が治療を要する程悪いと説明し、酒を飲まず、高質な蛋白質を多量にとり、睡眠を十分にとり、野菜、果物を食べるよう生活指導をし、同年二月二六日、酒をやめ、睡眠を十分にとり、蛋白質をとるように指導した旨主張し、被告供述中にはこれに符合する部分がみられる。

しかしながら、〈書証番号略〉と美代子証言、及び真也供述によれば、被告は、真也に対し、昭和六二年一月二九日、「肝臓が少し弱っている。」と説明し、その後も「なるべくなら好きなもの止めというのは無理やから、まあ控えときなさい。」と告げているにとどまり、絶対的禁酒の警告をしていないこと、被告がその主張の食事療法の指導を真也にしていないことが認められ、被告の前記供述部分は採用できない。

(6) また、前記一2認定のような真也の昭和六二年一月二九日当時における病状に照らすと、前記(二)(1)認定の医療水準上、被告としては精密検査、治療に対する効果の検定、食事療法の指導、断酒等を目的として専門病院に入院させるべき注意義務があり、速やかに入院させなかった場合には、不完全履行ないし注意義務違反の過失があるといわなければならない。

被告供述によれば、杉浦医院には肝硬変の診断に必要な精密検査設備がなかったことが認められる。

また、被告は、真也に対してかかる設備を有する専門病院への入院を促した事実につき何らの主張立証をしていない。

(7)  そうすると、前記3(一)認定の医師の注意義務に鑑みると、被告には、真也の慢性肝炎につき、診断を誤り、説明義務を怠り、なすべき治療行為(特に飲酒の絶対的禁止の警告)を怠り、専門病院への転送を怠ったことによって真也を肝硬変に移行せしめた不完全履行ないし注意義務違反の過失があるといわなければならない。

(8) 原告らは、医師である被告が医師法二〇条に違反して真也を無診察で治療した過失があると主張するので検討する。

(a) 医師法二〇条は、医師は、自ら診察しないで治療をしてはならない旨規定している。

(b) その法意は、自ら診察を行わなければ、患者の身体的状況を正確に知ることができず、症状に応じた適切な治療行為ができないことになるので、それを防止することにあると解せられる。

従って、医師が治療前に診察し、これによって将来の病状を判断し、一定の期間内、連続して数次にわたって一定の薬剤を投与する計画を定めた場合には、前回の診察に基づいて治療をしても、診察をしないで治療をしたものということはできない。

また、たとえ診察をしないで投薬をしたとしても、その投薬による治療方法が医療水準に適合している場合には、不完全履行ないし過失はないといわなければならない。

(c) そこで、本件について検討すると、前記第三の二認定のとおり、被告は、昭和六一年一二月二四日から平成元年三月一七日までの間、別紙通院表番号①、②、③、⑤、⑥、⑨、⑩、⑮、⑲、⑳、、、、、と各通院期の初期は必ず、その他も含めてかなりの回数について自ら真也を診察しており、また右期間中、同通院表番号②、⑤、⑨、⑲、には血液検査を行なって真也の身体的状況を把握しており、かつ被告供述によれば、真也に対し診察を受けるよう促していたが、自己の都合のみで正当な理由もないのに看護婦に投薬のみの治療行為を要求し、来院しながら診察を受けないで帰ったことが多かったことが認められるので、未だ被告が右(b)の意義における無診察医療を行なったものということはできないから、この点に関する原告らの主張は失当である。

(9) なお、被告は、慢性肝炎が肝硬変に移行することは患者に対する精神的ショックが大きいので、患者に対する配慮からこれを明確に伝えなかった旨主張するけれども、被告は、後記(三)認定のとおり、誤信していたものであるから、被告の右主張は、その前提を欠き失当である。

(三)(1) 前記二4認定のとおり、真也は、昭和六三年一月一六日ころ肝硬変に移行している。

(2) ところが、被告は、真也が肝硬変に移行したのは平成元年五月二二日である旨主張し、被告供述中にはこれに副う部分がみられる。

(3) 右(1)、(2)の各事実によれば、被告は、昭和六三年一月一六日から平成元年五月二二日までの間、真也の病状につき肝硬変と診断すべきところ、慢性肝炎と誤診し、真也に対し、慢性肝炎としての治療行為を行なっていたことが明らかである。

(4) そして、右誤診は、主として前記三2認定のような医学上誤った知見ないし知識に基づき、かつ前記二2認定のような正しい知見・知識に十分思いを至さずに、前記第三の二2認定の真也の身体的状況や検査結果の判断を誤ったことに基因するものである。

(5) 〈書証番号略〉によれば、昭和六三年一月ないし平成元年五月当時において、標準的な臨床医師は、肝硬変の治療方法に関し、一般に次のような専門的知見ないし知識を有していたことが認められる。

① アルコール性肝硬変ではその原因たるアルコール摂取の絶対的禁止

② 安静と規則正しい生活

③ 高カロリー、高ビタミン、高蛋白質の食事療法

④ アルコール性肝硬変では、断酒と十分な食事療法により著明な臨床症状の改善をみる例が多い。

⑤ 代償性非活動性肝硬変の場合には、検査入院のみが必要であるが、それが悪化し非代償性肝硬変に移行した場合には、肝性昏睡や食道静脈瘤の破裂などがみられ、これらがそのまま死因となることもまれではないから、より厳密な治療が必要で、大部分入院、自宅臥床、自宅安静が必要である。

(6) 被告は、代償性の肝硬変に対する治療方法と慢性肝炎に対する治療方法が同じであることを前提として、慢性肝炎に対する治療行為を行なっているから不完全履行ないし注意義務違反の過失と肝硬変による死亡との間には因果関係はない旨主張する。

しかし、前記(二)(1)認定の慢性肝炎に対する治療方法は、右(5)認定の肝硬変に対する治療方法に比し、程度の低いものであることが明らかであるから、被告の右主張はその前提を欠き失当である。

(7) また、真也が肝硬変に移行した昭和六三年一月ころから食道静脈瘤が破裂する平成元年五月二三日の前日までの間のアルコール飲酒状況および各血液検査結果および身体所見等は以下のとおりである。

① 前記二3(一)認定のとおり、真也は、昭和四八年三月の婚姻当初から同六二年一月ころまでの間、毎晩酌時に日本酒三合ないし四合を、同六三年一月ころから食道静脈瘤が破裂する平成元年五月二三日の前日までの間、毎晩酌時に日本酒約二合を飲酒していた。

② (身体所見)

前記第三の二2認定のとおり、真也の身体所見は、以下のとおりであった。

昭和六三年一月一六日、被告が真也を診察したとき、真也には上腹部抵抗が認められ、真也は全身の倦怠感、腹痛を訴え、黄疸が認められた。

同年七月一四日、真也は一日三、四回の軟便を訴えた。

同年八月二三日、真也は脚部痙攣を訴えた。

平成元年三月一七日、真也は、上腹部湿疹を訴えた。

同年五月一五日、真也は下痢を訴えた。

③ (血液検査結果)

前記第三の二2認定のとおり、各血液検査結果の数値は、以下のとおりであった。

(a) 昭和六三年八月二三日採取の血液検査結果

Ⅰ GOTの正常最高値は四〇単位、GPTの正常最高値は三五単位であるところ、真也の数値は、GOTが一二九単位、GPTが四四単位であり、いずれも正常値を超えており、GOT>GPTであり、GOT対GPT比は、2.932であった。

Ⅱ 総ビリルビンの正常最高値は1.0単位であるところ、真也の数値は3.5単位であり正常値を大幅に超えていた。

Ⅲ ガンマGTPの正常最高値は七〇単位であるところ、真也の数値は一四七単位であり、正常値を大幅に超えていた。

(b) 平成元年三月一七日採取の血液検査結果

Ⅰ GOTの正常最高値は四〇単位、GPTの正常最高値は三五単位であるところ、真也の数値は、GOTが一一八単位、GPTが三九単位であり、いずれも正常値を超えており、GOT>GPTであり、GOT対GPT比は、3.026であった。

Ⅱ 総ビリルビンの正常最高値は1.0単位であるところ、真也の数値は2.2単位であり正常値を大幅に超えていた。

Ⅲ ガンマGTPの正常最高値は七〇単位であるところ、真也の数値は九九単位であり、正常値を大幅に超えていた。

(8) 右(7)において認定した真也のアルコール飲酒歴、身体所見および各血液検査結果は、いずれも肝硬変を強く疑う症状ないし検査結果であり、食道静脈瘤の破裂は肝硬変が非代償性のものに移行していることを強く窺わせる症状であることを考慮すれば、真也は、被告が主張するように食道静脈瘤が破裂するまでは代償性の肝硬変であったとはいえず、かなり以前から非代償性のものに移行していたものと推認するのが相当である(したがって、被告の慢性肝炎と代償性の肝硬変とは治療方法が同じであるから、真也が肝硬変により死亡したこととの間には因果関係がないとの主張は、この点でも理由がない。)。

(9) そうすると、被告が当時の医療水準による正しい知識ないし知見を有しており、かつ前記3(一)判示の医師の注意義務を尽くしていれば、被告としても真也が肝硬変に移行していることを察知でき、したがって、前記(5)認定のようなアルコールの絶対的禁止の警告、早期の転入院の勧告等、肝硬変とりわけ非代償性の肝硬変に対する適正な治療方法を実施することができ、ひいては肝硬変による食道静脈瘤の破裂による真也の死亡も防止できたにもかかわらずこれらを怠り、誤った知識、知見により真也を慢性肝炎と診断し、慢性肝炎としての治療をしつづけた債務不履行ないし注意義務違反の過失が被告にはあるといわざるをえない。

4(一)  このようにみてくると被告主張の抗弁(二)、(三)は失当であるといわざるを得ない。

(二)  そして、被告は、真也の死亡が川崎病院における別個の医療過誤によるものであることについて何らの主張立証をしていない。

(三) 右(二)の事実に、前記第三の三、四の各認定事実を併せ考えると、被告は、真也の相続人である原告らに対し、真也の疾病、死亡による損害につき、本件診療契約の債務不履行又は不法行為に基づく賠償責任を負うものといわなければならない。

第五原告らの損害について

一治療費について

1  弁論の全趣旨により〈書証番号略〉によれば、請求原因(五)(1)イの事実が認められる。

2  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる〈書証番号略〉によれば、請求原因(五)(1)ロの事実が認められる。

3  〈書証番号略〉によれば、請求原因(五)(1)ハの事実が認められる。

4  右1ないし3の損害を合計すると、金一六九万一五六〇円となる。

二入院雑費について

弁論の全趣旨によれば、真也の入院雑費は、一日当り一三〇〇円が相当であると認められるから、その二四七日分は、金三二万一一〇〇円となる。

三付添看護料について

〈書証番号略〉と弁論の全趣旨によれば、真也の妻原告美代子が川崎病院において、平成元年五月二三日から同年六月一六日までの二五日間と平成三年の六日間の合計三一日間、真也の付添看護をしたことが認められる。

そして、弁論の全趣旨によれば、美代子の近親者付添看護料は、一日当り四五〇〇円が相当であると認められる。

そうすると、その三一日分は、金一三万九五〇〇円となる。

四入通院慰謝料について

1 真也は、前記二認定のとおり、川崎病院に二四七日間入院した。

2  〈書証番号略〉によれば、真也は、原告ら主張のとおり実日数六〇日間、川崎病院に通院したことが認められる。

3  弁論の全趣旨および本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、真也の右1、2の入通院慰謝料は、二六〇万円をもって相当であると認める。

五死亡慰謝料について

1  美代子証言によれば、真也は、一家の支柱であったことが認められる。

2  右1の事実、弁論の全趣旨および本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、債務不履行構成による真也の死亡慰謝料は一五〇〇万円をもって相当とし、不法行為構成による慰謝料は、真也が六六七万円、原告ら各四一六万五〇〇〇円をもって相当であると認める。

六逸失利益について

1  真也供述により〈書証番号略〉と同供述によれば、真也は、昭和六三年中に勤務先である株式会社ホワイトランドリー商会から給料二六四万円の支払を受けたことが認められる。

2  そして、真也は、前記認定のとおり、川崎病院に入院した平成元年五月二三日には、すでに肝硬変になっており、後遺障害等級表第五級三号「胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当し、七九パーセントの労働能力を喪失したことが明らかである。

3従って、前記認定のとおり、真也が川崎病院に入院した平成元年五月二三日から第三回入院時の平成三年九月一八日までの約二年間の新ホフマン係数1.861を右1の年収に乗じ、さらに右2の労働能力喪失率を乗ずると、真也の右期間内における逸失利益は、次式のとおり金三八八万一三〇二円となる。

264万円×1.861×0.79≒388万1302円

4  また、真也の第三回入院時の平成三年九月一八日から真也が死亡する同年一二月二日まで(約三か月間)の逸失利益については、次式のとおり、五七万四二〇〇円となる。(稼働能力喪失率を一〇〇パーセントとする)。

264万円×(2731〔3年の係数〕−1.861〔2年の係数〕=0.87)×1.0÷4=57万4200円

5 そして、前記第一認定の事実によれば、真也は死亡時、五五歳であったことが明らかであるから、六七歳までの就労可能年数は一二年であり、その新ホフマン係数8.249を生活費三〇パーセントを控除した前記年収に乗ずると、真也の死亡による逸失利益は次式のとおり一五二四万四一五二円となる。

264万円×(1−0.3)×(10.980〔15年の係数〕−2731〔3年の係数〕=1524万4152円

6  そこで、右3ないし5を合計すると一九六九万九六五四円となる。

七葬式関係費用について

1  〈書証番号略〉と弁論の全趣旨によれば、原告らが請求原因(五)(7)のとおり出捐したことが認められる。

2  しかし、本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、そのうち金一〇〇万円が本件債務不履行又は不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

八損害合計について

右一4、二、三、四3、五2、六6、七2を合計すると、金四〇四五万一八一四円となる。

第六信義則違反ないし過失相殺の抗弁について

一被告は、真也に対し、高カロリー・高蛋白質の食事療法を指示したことを前提とし、真也に右指示を守らなかった過失がある旨主張するけれども、前記第四の三3(二)(5)認定のとおり、被告は、右指示を怠っているから、被告の右主張は、その前提を欠き失当である。

二また、被告は、真也に対し、絶対的禁酒の警告をしたことを前提とし、真也に右警告を守らなかった過失がある旨主張するけれども、前記第四の三3(二)(5)認定のとおり、被告は、右警告を怠っているから、被告の右主張は、その前提を欠き失当である。

三しかし、真也は、前記第四の二3(一)認定のとおり、昭和四八年三月頃から昭和六二年一月頃まで毎夕食時に三合ないし四合の日本酒を常飲していたもので、前記第四の三3(二)(5)認定のとおり、被告から飲酒を控えるよう告知されたのちも平成元年五月頃まで毎夕食時に約二合の日本酒の常飲(これは健常人の晩酌の量と同じか、やや上回る量である。)を続けていた。

四そうすると、真也は、杉浦医院へ来るまでに一四年以上も晩酌を続けていたことになり、杉浦医院で受診していた期間は僅か二年半にすぎないことからすれば、アルコールによる肝臓障害に対する寄与度は、その大半が杉浦医院来院前の飲酒に帰せられるべきであると解せられる。

しかも、アルコール常飲者は、余程のことがない限り飲酒を中止・減量することができないのが通例であって、かつ飲酒が肝臓機能を障害することを十分承知しながら飲酒を継続するのが通常である。従って、たとえ医師から飲酒を控える(中止ないし減量の勧めであって、決して飲酒を勧奨するものではない。)よう注意を受けても、飲酒を続けたい一心から、自己に都合の良いように解釈し、その警告的意味を稀釈して受けとり勝ちである。

これらの事情は、真也についてもそのまま妥当するものと解される。

五さらに、診察や治療が有効に行われるためには、医師の努力もさることながら、患者側もこれに協力すべきことは前記第四の三3(一)判示のとおりである。

ところが、被告供述によれば、真也は、被告の指示どおりに来院せず、前記のとおり飲酒を続けて治療効果の大半を減殺するような行動をとっていたことが認められる。

六そこで、前示のような被告の過失と右三ないし五認定の真也の過失の態様・程度その他本件にあらわれた諸般の事情を勘案すると、損害額算定につき斟酌すべき真也の過失割合は八割と認めるのが相当である。

七そうすると、真也が被告に対して請求しうる金額は、前記第五の八認定の損害額四〇四五万一八一四円の二割に相当する金八〇九万〇三六二円となる。

第七弁護士費用について

真也と原告らが本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人弁護士らに委任していることは、本件記録上明らかである。

そこで、本件事案の難易、請求金額、認容金額、審理の経過その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、本件債務不履行又は本件不法行為と相当因果関係のある損害とみるべき弁護士費用の額は、金八〇万円であるとするのが相当である。

第八損害額について

一右第六の七の金八〇九万〇三六二円と右第七の金八〇万円を合計すると、金八八九万〇三六二円となる。

二前記第一認定のとおり、原告らは、真也の共同相続人であり、民法九〇〇条一号により、その法定相続分は各二分の一である。

三従って、原告らの損害額は、それぞれ右一の二分の一に相当する金四四四万五一八一円となる。

第九結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告に対し、前記債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として、各金四四四万五一八一円あて及びこれらに対する履行期到来後である平成元年五月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辰巳和男 裁判官石井浩 裁判官山田整)

別紙通院表

番号 年月日       血液検査 本人

受診

① 昭和六一年一二月二四日     ○

② 昭和六二年一月二七日  ○  ○

③ 〃  〃  〃 二九日     ○

④ 〃  〃  二月六日

⑤ 〃  〃  〃 一八日  ○  ○

⑥ 〃  〃  〃 二六日     ○

⑦ 〃  〃  三月五日

⑧ 〃  〃  〃 二〇日

任意中止

⑨ 昭和六三年一月一六日  ○  ○

⑩ 〃  〃  〃 一九日     ○

⑪ 〃  〃  〃 二八日

⑫ 〃  〃  二月八日

⑬ 〃  〃  〃 一七日

⑭ 〃  〃  三月四日

任意中止

⑮ 昭和六三年七月一四日 ○

⑯ 〃  〃  〃 二一日

⑰ 〃  〃  八月二日

⑱ 〃  〃  〃 一八日

⑲ 〃  〃  〃 二三日  ○  ○

⑳ 〃  〃  〃 二五日     ○

〃  〃  〃 三〇日     ○

〃  〃  九月一〇日     ○

〃  〃  〃 二七日     ○

〃  〃 一〇月一一日

〃  〃  〃 二七日     ○

任意中止

平成元年三月一七日  ○  ○

〃  〃  〃 二二日

〃  〃  四月一五日

〃  〃  五月一五日

任意中止

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